まだお片付けしてないの?

web整理収納アドバイザーのbeeです。アメブロからお引越ししてきました。今までアメブロでは自分の友人に向けて書いてきたので、あまり言いたいことが言えなかったので思い切って新天地でやり直すことにしました。 ネットの世界は年齢も性別も経験も関係なく自分を表現できる場。 私は自分の同世代±10歳の方々に向けて声を大にして言いたい! まだお片付けしてないの? このままじゃ人生終わっちゃうよ。 お片付けして大人可愛い人生を送らない? 年齢なんて自分についた記号や数字にすぎないでしょ。 お片付けして、お家を綺麗にして、大人可愛くなって、ローコストで暮らす知恵を持つ。 それを実践していくブログです。

お片付けができない人に伝えたいたった2つのこと。 1・お片付けができないのはあなたのせいじゃないの。お片付けの仕方を知らないか習ってないだけ。片付けや整理についての学術研究はなされてないの。だからちゃんとできるほうが不思議なくらい。 2・お片付けの基本はたった2つ。それを「こんまりさん」はときめきって言ったの。 じゃあ、どうするの?それはこのブログを読んでね。

2013年01月

家のギター。真ん中がアリアのエレアコです。



好きなこと 好きな物 

アリアのエレアコはナイロン弦なのでギターの初心者としてはスチール弦に慣れたほうが


いいと思って、今まで飾るだけで、触れないできていました。


(アコギが弾けるとエレキは弾けるけど、エレキが弾けてもアコギは弾けないらしいので)


夜、ギターの練習しようかなと思ったのですが、主人は寝てしまっていて、


アコースティックギターでコードをジャカジャカ弾いたらうるさいけど、ナイロン弦のエレアコで


アンプを通さないでアルペジオだったら主人の迷惑にもならなkなと思って。


エレアコでアルペジオをボン・ボン・ボン・ボン・ボン・ボンと弾き始めたら、


やっぱりアコースティックで弾きたくなってしまって、


ボン・ボン・ボン・ボン・ボン・ボンと弾いていたらリビングのドアがガラって開いて


「なんか薄気味悪い音楽が聞こえて眠れない!」と怒られてしまいました。


ちょうどリビングに来た娘に事の顛末を話して、


私「あなたの部屋まで音響いた?」


娘「音は聞こえてこなかったけど、お母さんのアルペジオは気持ち悪い。


寝ていたら悪夢に襲われるレベル。お父さんがかわいそうでしょ」


そうか~。ごめんなさい。


ギターなかなかうまくならないです。ギターライブを行っているママ友に


「いつか一緒に弾いてね」とお願いしているのですが、とてもご一緒していただくにほど遠いです。


ごめんなさい。だって気持ち悪いって言われるレベルだし……。



たまにどうしてこの歳でギター習い始めたのと聞かれることがあります。


いくつか理由はあるのですが、かなり前のこと、テレビでMTVのアンプラグドナイト(電気を消そう)


でエリック・クラプトンのアコースティックックギターでのライブを見たから。


いつかアコースティックギターが弾けたらいいなと思っていたのが始めたきっかけ。


その時の曲が亡くなった息子さんのために歌った「ティアーズ・イン・ヘブン」でした。


私が知っていたエリック・クラプトンはジョージ・ハリスンの奥さんだったパティ・ボイドさんへの


激しい想いを歌った「いとしのレイラ」くらいだったので、アンプラグドナイトでの


静かに歌いかける姿は音楽の原点を見るようでした。



今年の手帳は江戸美学研究会が制作している「江戸帖」を使っています。


江戸美学研究会 http://www.jlds.co.jp/ebiken/about/index.html


ママ友がこの手帳の編集に翻訳で参加されているので紹介していただきました。


好きなこと 好きな物 


好きなこと 好きな物 

江戸の暮らしを今にいかすダイアリーとの通り、江戸時代から続く暮らの歳時記が満載で


仕事中に手帳に記入しているふりをしながら読みこめるので、すごく役に立ってます。


卯月(4月)のコラムに江戸の風景(苗売り)の話が載っていました。


江戸時代の庶民のガーデングは訪れた外国人も驚くほど豊かだったとの事。


4月になると朝顔や瓜の苗売りがの声が響き、夏には蔓ものを這わせて目隠しとして


楽しんだという記事を読んで、ちょっと今年は玄関先の狭い狭い庭を江戸庶民に倣って


頑張ってみようと思っています。ただ冬は何もできないので土を掘り起こして、


肥料をまいて土作りだけですが。


あ~、早く春にならないかなあ。朝顔とかへちまとかの苗とか早く植えたくなってしまいました。


ずっとおしゃれなジャンクガーデンみたいにしたいと思っていたのですが、


江戸っぽい庭っていうのもいいなあ。


江戸の知識とか何の持っていないのですが、今年はこの「江戸帖」をたよりに江戸っぽいことを


楽しんでみようと思います。


「江戸帖」紹介してくれてありがとうね。




























好きなこと 好きな物 

家のギター。


左右のはヤマハで私が買ったものですが、真ん中のはアリアのエレアコで主人のです。
アンプを


通さないとウクレレみたいな音色がします。


アリアのエレアコはナイロン弦で、


小ぶりで女の子が弾くと可愛くていいんじゃないなと密かにに思っていました。


お正月休みに娘が


「エレアコ、リビングでアンプ通して弾いていい?」と聞いてきたので、「どうぞ、どうそ」と答えると、


なんか、すごく楽しそうに弾いていました。


「うん、アリアのエレアコはやっぱり女の子に似合う!」と思ってうっとり眺めていたら、


私の視線に気付いて「こっちみんな」とばかりにギターを持って自分の部屋に行ってしまいましたが。


↓こんな感じで


好きなこと 好きな物 


親って、子供のこういう楽しそうな顔を見たかったのだなあと思いました。


きっといいお母さん、子育ての上手なお母さんは子供の楽しそうな顔をたくさん


見てきたのだろうなと。


私はダメは母親で、娘ののんびりしたところが心配で、いろいろと急がせたり、


無理をさせてきたので、娘のいやいやピアノを弾く顔とか、


泣きながら勉強する顔とかばかり見てきたのかも。


娘の口癖は「私は大器晩成なの」で、「友達と比べたらぜんぜんだめかもしれないけど、


過去の自分と今を比べたら、私はちゃんと進歩している。だからあれこれ言わないで」と


最近はよく言われます。なるほどねえ~。


娘はこれからも受験とか就職とか同学年と競わなくてはいけない時には出遅れたり、躓いたり、


負けてしまうかもしれないけど、長い人生を振り返ったら「お~」と言わせるような


結構いい人生を送るのかなと思ってしまいます。



さて、私のギターですが、ちっともうまくなりません。それにチューニングもできなくて


ほんと情けないです。


友達(バンド経験者)「チューニングできないの?ギターって弾く前に軽くチューニング


するものでしょ」


私「そうらしいけど、できない。だってチューニングしようとすると、音がわからなくて、


やりすぎて結局弦を切っちゃう」


友達(バンド経験者)「覚えたほうがいいよ。チューナー買えば?」


私「持ってるけど、使い方がよくわかなくて」


友達(バンド経験者)「……」


その話を娘にしたら「私はちゃんとできるもん。お母さん、音楽に向いてないと思うよ」



ほんとその通り。私は何に向いているんだろう。








お年賀状は年々減っているけど、それでも思わぬ方からの嬉しい知らせをいただくのは嬉しい。


今の会社の前にバイトしていた会社でお世話になった方から結婚報告のお年賀状を


いただきました。


前の会社(人材派遣会社)ではWEBの求人広告の仕事をその方の下でやっていて、


彼女はまだ新卒3年目くらいだったと思うのですが、とにかく敬語が綺麗だったのです。


「かしこまりました」


「承知いたしました」


「承りました」


どんな場合にも決して崩さず話していて、私が同じくらいの年のとき、とてもこんなに綺麗に


話すことなんでできなかったなあ。今の若い方は就職で苦労している分、すごくちゃんと


しているなあと感心していました。


私が今の会社で、かなり気を使う読者の方々(モスクワやウラジオストクの現地法人、領事館、


省庁の担当の方)などに対してなんとかメールで対応できるもの、彼女の敬語に接していたから。


ほんとうに彼女のおかげです。


彼女は第二新卒としてもう一度就活するといって私より先に退社してしまいましたが、


退社の時にいただいたハンカチタオルをキッチンで使っていて、「今、どうしているのかな」と


ふと思い出すことが多かったので、今年の年賀状はすごく嬉しかった。


赤い打掛の花嫁姿の写真でとにかく綺麗で幸せそうで、心からおめでとうと言ってあげたくて、


今日、フランフランでちょっとしたお祝いの品を買ってきました。



好きなこと 好きな物 


フラン・フランのギフトボックスはちょっとおしゃれだし、中身はキッチンミトンとかの


詰め合わせなので喜んでくれるといいなあ。


今、私が事務の仕事で糊口をしのいでいるのも、彼女のおかげなのですが、


そういうことって当の相手はそんなこと思ってもいないだろうし、


私に感謝されているなんて思いもよらないとだろうから


こうしてお礼を兼ねてお祝いできることになってすごく嬉しい。



私は今年もきっとこうして過去にこだわって、過去の出来事を清算したり、過去の人間関係を


もう一度振り返って感謝したり、関係を結び直したりするのに時間を使うのだと思います。


昨年最後にお会いした娘のママ友(カウンセラーの方)にも過去にこだわっているのが、


心理面から見て取れますとおっしゃっていただいたのですが、本当にその通りです。


私、ほんとうに新しいものを求めていないのだと思います。たぶん一番求めていないのが、


新しい人間関係かも。決して後ろ向きという訳ではないのですが、


ただこの50歳に至るまでの自分を作り上げた人間関係を良くしておかないと


いけないんじゃないかという強迫観念に囚われているといえば囚われているのだと思う。


でもそうでないと私の今後の生きる目標=市場価値のある生き方を始められない。


娘のママ友にも「ちゃんと事務職を超える生き方をしてみます」と宣言してしまったしね。


さて、どうしたものか……。



















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