まだお片付けしてないの?

web整理収納アドバイザーのbeeです。アメブロからお引越ししてきました。今までアメブロでは自分の友人に向けて書いてきたので、あまり言いたいことが言えなかったので思い切って新天地でやり直すことにしました。 ネットの世界は年齢も性別も経験も関係なく自分を表現できる場。 私は自分の同世代±10歳の方々に向けて声を大にして言いたい! まだお片付けしてないの? このままじゃ人生終わっちゃうよ。 お片付けして大人可愛い人生を送らない? 年齢なんて自分についた記号や数字にすぎないでしょ。 お片付けして、お家を綺麗にして、大人可愛くなって、ローコストで暮らす知恵を持つ。 それを実践していくブログです。

お片付けができない人に伝えたいたった2つのこと。 1・お片付けができないのはあなたのせいじゃないの。お片付けの仕方を知らないか習ってないだけ。片付けや整理についての学術研究はなされてないの。だからちゃんとできるほうが不思議なくらい。 2・お片付けの基本はたった2つ。それを「こんまりさん」はときめきって言ったの。 じゃあ、どうするの?それはこのブログを読んでね。

2014年07月

土日に玄関前を掃除する時、お隣さんのところもついでに掃いてあげることが


多いのですが、



北海道のメロン(きっと頂もの)を貰いました。

あ、これが「贈与経済」なのだと。

2月、東京に大雪が降ったときも雪かきしておいてあげたら、

「シャネル」のハンドクリームをいただいたこともあって、自分の労働がお金でなないが、

何か価値のあるものと交換されたのを少し嬉しく思ったものです。


最近

「消費」をやめる 銭湯経済のすすめ (シリーズ22世紀を生きる)/ミシマ社


を読んだのですが、「贈与経済」とは内田樹さんの説明によると

要するに自分のところに来たものは退蔵しないで、次に「パス」するということです。それだけ。


「自分のところに来たもの」というのは貨幣でもいいし、商品でもいいし、

情報や知識や技術でもいい。とにかく自分のところで止めないで、次に回すということ。

今回のメロンもきっとお隣さんがいただたもので、「あ、これお礼にあげちゃお。」って

感じで、自分のところに回ってきたものだと思うのです。

掃除、片付けを自分の商品として売って報酬を得るということより、

何かと交換するほうがいいなと思うのです。

今日の掃除、片付けでメロンをいただいたからといってメロンをお金に換算して

価値をはかるのではなく、掃除、片付けがメロンに代わるというのがいいな。

自分に掃除、片付けの労働の余力があるときは、できるだけ、他の人に回してあげよう。

そして物々交換の場を広げていこうと思っています。

今日、お隣さんから、「いつもありがとう。これ食べて。お返しなんかしないでよ。」といって

2世帯住みで主人の母が入院してしまい、残された義理父が一人生きやすいように


暮らしやすいように老親の家を片付け中。


され、入院中の義理母から、お盆のお迎え火を忘れずに焚いてほしいと頼まれました。


東京は7月13日が迎え盆で16日が送り盆となります。ただ、近所でお迎え火を焚くのは


家くらいなので娘と一緒にばんばん「おがら」とお線香を焚きました。


玄関前で「おがら」に火をつけていると、結構な煙が上がり、道行く人に結構不審がられるので、


お盆行灯もつけて、「お盆やってますよ~」「これ付け火じゃないですよ~」と


アピールしながら行いました。







お盆行灯は昨年納戸部屋を片付けていたたら発掘されたもの。


かなり古くて、行灯の障子が破れそうですが、暗闇だとそれなりの雰囲気がでます。


この日のために2週間かけて仏間と仏壇の掃除、片付けをしてきました。


結構派手にお迎え火を焚いたので、こういう感じでいろんなものも呼び寄せて





しまったかなとは思いますが、お送り火も派手に焚くつもりなので


みなさんきっとお帰りいただけるでしょう。




物であふれた家で暮らしている老親は、汚 れて散らかった生活が好きなのかなと思って


しまいがちですが、決してそんなことはないと思わせてくれる映画のシーンがあります。


「サンダカン八番娼館」




栗原小巻さん演じる、日本女性の近代史の研究者が、天草で偶然、田中絹代さん演じる


おサキさんという老婆と知り合う。


差別と極貧の中で暮らす彼女が、ボルネオに出稼ぎしていた元「からゆきさん」であることが


分かり、おサキさんの家に泊めてもらい、その半生を聞き、書き取るというもの。


貧しさゆえ親にボルネオに娼婦として売られる、


また戦後戻ってきても差別と偏見の中で生きるというとても辛いお話。


物語の終盤、栗原小巻さん演じる研究者が泊めてもらったお礼にと


おサキさんの家の畳を張り替えたり、障子を張り替えたりしてとても綺麗にしてあげます。


新しくなった畳の上でおサキさんが、ぴょんぴょん飛び跳ねて、


「ワシの家じゃ、ワシの家じゃ、ワシの家がこんなに綺麗になった。」


みたいなことを言うシーンをなぜか覚えています。


何十年も前にテレビで一度見た映画なので、あらすじはネットで確認したけど、


セリフはこんな感じだったという記憶頼りですが。


映画を見たとき、「年をとっていても綺麗な家を喜ぶんだ」と思ったのでした。


年をとるということは、全てを達観できると思っていたのでしょうね。


でも極貧という自分ではもうどうにもできない状況を受け入れていたわけではないだ。


「人は誰しも年に関係なく、綺麗で清潔な空間を心地良いと思うもの。」という


真理を得た映画です。


本来は社会派の映画なので、こんな感想は変ではあるけど、


不思議と掃除とか、片付けとかが、記憶に残る映画って多いのよね。


掃除、片付け、逆に散らかり具合いなど、部屋や家のあり方が人を表すからなのでしょうね。










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