すっかり朝型の生活に変えたので、朝の5時から起きて家事してると、朝、出かける前にはすっかり終わってしまう。

時間が余る。こういうの余暇っていうんだ、やることやって余った時間のことを言うんだって初めて分かった。言葉の意味を体で知るってあるんだなあ。

放送大学ってこういう人のためにあるのね。そういう意味では私、放送大学の学生さんにふさしいかもね。

ちょっと放送大学のこと。

3年次に編入して前期試験の結果で、後期の履修登録を済ましたところ。卒論の計画も提出済みなので、順当にいったら卒業はできそう。一つ一つの課題をチャレンジしてクリアしていくってすごくいい。

自分の欠落感を埋めようとしていた時はすぐ結果が欲しくて焦っていたけど、もうそういうのはやめることができたので、先の事とか考えずにやれているのがすごく嬉しい。
チャレンジする気持ちって初めてかもしれない。

後期はスクーリング(放送大学では面接授業という名称)にも参加するし、英語もやり直してみたいと思っているのでほんとう「学生」さんに戻った気がする。

今朝もがらんとしたクローゼット(ハンガーの数が30くらいになってた)を眺めながら、ほんとうに必要なモノしか持ってないけど、それでも満足しているって思えた。

今日着ていく服はあるし、バッグも靴も時計もアクセサリーもちゃんとある。ただそれがいつも同じというだけ。

仕事に行くにも、お出かけするのも、近所のお買いもの、旅行にいくものいつも同じ。

仕事に行く時も、お出かけの時も、旅行に行く時も、何もない日も朝早く起きて、家事をして、いつも同じ服で出かけて、余った時間に勉強する。

もうこれ以上何も求めなくてもいい自分にとっての「いつもの暮らし」ができるようになっていくのが嬉しい。

「いつも暮らし」をちゃんとして自分を好きになる。自分に欠けていたのはここだったのかもしれない。

私、「ぼくたちにもうモノは必要ない」の著者と同じ気持ちになってる。