まだお片付けしてないの?

web整理収納アドバイザーのbeeです。アメブロからお引越ししてきました。今までアメブロでは自分の友人に向けて書いてきたので、あまり言いたいことが言えなかったので思い切って新天地でやり直すことにしました。 ネットの世界は年齢も性別も経験も関係なく自分を表現できる場。 私は自分の同世代±10歳の方々に向けて声を大にして言いたい! まだお片付けしてないの? このままじゃ人生終わっちゃうよ。 お片付けして大人可愛い人生を送らない? 年齢なんて自分についた記号や数字にすぎないでしょ。 お片付けして、お家を綺麗にして、大人可愛くなって、ローコストで暮らす知恵を持つ。 それを実践していくブログです。

お片付けができない人に伝えたいたった2つのこと。 1・お片付けができないのはあなたのせいじゃないの。お片付けの仕方を知らないか習ってないだけ。片付けや整理についての学術研究はなされてないの。だからちゃんとできるほうが不思議なくらい。 2・お片付けの基本はたった2つ。それを「こんまりさん」はときめきって言ったの。 じゃあ、どうするの?それはこのブログを読んでね。

ミニマリスト

コートも整理して今3枚。
トレンチコート(この秋23区で買ったもの)とスプリングコートにカジュアルなハーフコート。

トレンチコートにしたのは、大草直子さんの「おしゃれの手抜き」でトレンチコートについて熱く語られていたから。もしコートは1枚だけしか持てないとしたら、トレンチコートが選ばれるのだろうな。

大草さんはトレンチコートを手にしてからは他のコートの出番がなくなったと語っていたので、私もトレンチコート1枚だけにしてしまおうかな・・・・・・。

明日、ちょっと仙台まで行ってくるのだけど、いつものバッグとタリーズのトートバッグに一泊分の荷物を入れていく。
着替えもジャージーのワンピースだと小さくまとまるのでトートバッグで十分。

この秋、いつものワンピといつもバッグにタリーズのトートバッグとトレンチコートでどこでも行くの。だってこれしか持ってないんだもの。

 

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クローゼットのミニマム化が止まらない。

何があれば必要十分なのか、何があれば必要最小限なのかを常に考えてしまう。

これって持たないことに執着してることになるなかな。

ある人に「方丈記」読めって勧められた。

「ゆく河の流れは絶えずして」で始まる鎌倉時代の随筆。この時代の厄災について克明に記されているので3.11以降注目されることが多くなったらしい。

方丈というのは約3メートル四方の広さを表すので、約3メートル四方の狭い庵の中で世の中のはかなさを語り、後半には自らの草庵での生活が語られる。

鴨長明もまたミニマリストなのよね。

モノに執着しないで持たない暮らしを語るのだけど、最後はその方丈、狭い庵に執着してることに嫌になるの。

ミニマリストっていつの時代も変わらないなあってつくづく思う。

まあ、勧めた人は私に対して「あなたも同じでしょ。」と。モノに執着しなkようにしてるだけで、持たないことに結局は執着してるのじゃないかと。

ほんと、自分でも分かってる。でもこういうこと始めるとなかなか止められない。

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「必要十分生活」の中でも語られてるけど、「お片付け本」というジャンルがあるくらい「お片付け」はブームであり、一つの社会現象ともなっている。

その背景には「片付けたくても片付けられない人」が未だ多くいると推察される。結局のところ「たくさんの人が困っているけど、よい解決策になっていない」というのが理由であろうと。

「お片付け本」に紹介されている様々なアイディアや解決方法を試してはいるが、いまだ部屋が片付かないままの人が多いというのはダイエットと同じ現象。

人それぞれにライフスタイルが多様化して価値感も様々。「お片付け本」で紹介されたアイディアや解決方法はその著者にとって最適化であってもなかなか一般化しにくいもの。

「必要十分生活」で語られてるのは何が自分にとって「必要十分」であるかは自分で決めて、暮らしをカスタマイズしていかなければならないということ。ほんとうにその通りだと思う。

一方、必要最小限のミニマム化はどうしても今持っている物をそぎ落としていくというストイックさが必要になるけど、「必要十分」を考えるほうが穏やかさがあっていいなと思う。

ミニマリストを目指すとはっきりしたゴールがあるのだ。つまり最終的には無所有になること。
マザーテレサのサリー2枚にサンダル一つみたいなね。
そういうミニマリスト競争はばかげてると「ぼくたちにもうモノは必要ない」の著者も言っていたけど、ゴールから見た自分というのを常に意識させられてしまう。

そういう意味でも「必要十分生活」は無所有を仮定しながら、そこから何が必要かを考えていけるのがいいな。
著者はきっと穏やかな理系男子なんだろうなを勝手にイメージしてしまう。

で、「必要十分生活」で絶賛されていたタリーズのトートバッグ。私も真似て愛用することにしたの。
いつものバッグを少し小ぶりなショルダーにしてバッグは二つ持ち。

この時期、昼と夜の気温差があるので、ジャケットとかストールとか持たないと心配だからそういうのもトートバッグの中に詰め込んでる。あとランチのサンドイッチと傘。

なかなか便利。

 

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ミニマリストになった。ランチはいつもサンドイッチ持参。

人付き合いもぐっと減って、ランチのお誘いもほんとなくなったなあ。まあ、下の娘が高3の受験生でママ友からのお誘いがなくなったというのもあるけど。

今ではランチにはサンドイッチ持参。仕事先はもちろんのこと、お散歩やcafeで勉強しようかなという時も公園のベンチでサンドイッチ食べてからにしてる(家で食べてからにすることも多いけど)。

トーストした食パンにレタス、ハム、チーズ、ピクルス、チーズ、ハム、レタスに食パンを載せて半分に切ってラップでくるんだ簡単なもの。

一応ミニマリスト自認してるので、ランチもミニマムってことで。

ちなみに自分用のランチBOXの類は何も持ってない。

お菓子用に買った窓付きの袋はいつも使うわけじゃなくて、ちょっと恰好つけたい時のみで、普段は大きめなハンカチにくるんでるだけ。オプションでヨーグルトつけたり、果物つけたりとか、コーヒー持参の時もあるけど、メインはこれだけ。

食べ終わったら何も残らないようにしてる(ラップの類は持ち帰って捨ててるけど)。

じゃ、おにぎりでもいいじゃんって言われることあるけど、ちょっとおしゃれ感が・・・・・・。

公園のベンチでおにぎり食べてる50女・・・・・・。

やっぱりサンドイッチのほうが、いやどっちも同じか。







自分の写真はほとんど処分してしまった。特に30代、40代の写真は数枚しか残してない。

子供の写真は大量に残してあるので、子供と一緒に自分が写っている物も。

以前はリビングに家族の写真を飾っていたこともあるけど、今は写真の類は一切なし。

写真を整理していたら、20代前半のポラロイド写真ができて、モノクロで雰囲気があっていいので、この一枚だけ、クローゼットの中の飾ってる。

娘に話したら「それなんの宗教?」とか言われそうだけど、別にあの頃がよかったとか、失われた若さや美しさを嘆くとかそんなんじゃなくて、これは残された未来のため。

毎日自分の20代で最もイケてた頃の写真を眺めながら、今現在の顔が順当に「加齢」だけした顔になっているか確認してるの。まあ、なってないけど。加齢だけじゃ済まないよね・・・・・・。

いくつになっても顔は変えられるらしい(整形とかじゃなくてね)。

よく笑う顔になりたいとか、優しい顔になりたいとかというレベルの話だけど。

最近はほんとうによく笑うようになったし、いつもニコニコしてるようにしてるけど、家族からは相変わらず薄気味悪がられる。(それだけ30代、40代、つまりママになってから怒ってばかりいたのだと思う。自分でもなんでそんなに怒ってばかりいたのか、悪かったとは思うけど、今となってはもう思い出せない・・・・・・。)

だからね、今からでも「笑わない50女より、よく笑ってる50女のほうがいいでしょ」って。

 
  








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